雑誌などでよく出てくる「きちんと感」という表現。
「きちんと感」の定義は、たぶんどこにも出ていません。
定義がはっきりされないまま、いろいろなところで使われています。
では、この「きちんと感」とは、いったい何なんでしょうか。
「きちんと」という言葉は日本語の副詞です。
ですから、本来ならば、動詞の前につく言葉です。
きんとする、などという使い方が正しい使い方です。
「きちんと」の意味は、辞書によると、「よく整っていて、乱れたところのないさま」となっています。
日本語の意味からだけ考えると、「きちんと感」とは、
「よく整っていて、乱れたところのない感じ」ということになりますが、
どうやらそれでは正しくないようです。
整っていて、乱れたところのない体操着のことを「きちんと感」とは呼びません。
「きちんと感」には、どこかそれ以上のことを要求する響きがあります。
よく整っていて、乱れたところがなく、しかもプラスアルファのものがある着こなしが、
「きちんと感」のようです。
そのプラスアルファとは、プライベートというよりはオフィシャルな感じです。
公式の装いとでもいうのでしょうか。
その感じがなければ、「きちんと感」とは呼びません。
では、その公式の装いとは、どんなものでしょうか。
西洋には、さまざまなドレスコードがあります。
昼のパーティー、夜のパーティー、ホテルやレストラン、晩さん会など、
それぞれにふさわしい装いが決められています。
その取り決めは、西洋文化の文脈の中ででき上がったものです。
ですから、西洋文化以外の文化圏に住む人たちにとっては、
なぜそうなのか、考えてもわかりません。
そして、地球上のそれぞれの文化圏には、それぞれのドレスコードがあり、
それは他から見たら、なぜそうなのか、その理由や理屈は、知るよしもありません。
なぜならそれは文化、宗教、風俗によって長年のあいだに培われてきたものであって、
理屈でも、論理でもなく、習慣にすぎないからです。
明治時代以降、洋装を取り入れた日本では、
和服の世界ではさまざまなルールがあるものの、
洋服に「長年培われた習慣」というものはありません。
日本人にとって、洋服において公式な装いというものは借り物でしかないのです。
借り物であるため、なぜそうなのか、ほんとうのところ理解はしていません。
定義はあいまいで、理解もできていないにもかかわらず、
「きちんと感」は求められます。
それは会社勤めや何かの会、また、いわゆる公の席でのことが多いと思います。
では、なにをもって「きちん感」とするのか、ここから考えていきたいと思います。
まず、なにが最も公なのか、わたしたちは理解できていないわけですから、
(たとえば、女王陛下の前ではモーニングを着なければいけないなど、
そんなこと、わかりません)
なにを着てはいけないかから考えてみましょう。
まず、公でない感じとは、その格好では公の席にふさわしくないと思われるものです。
最初に挙げた体操着はそのいい例です。
整っていて、乱れていなくても、体操着は体操をするときに着るものです。
オリンピックなど体育関連の公の席以外では、ふさわしくありません。
ですから、体操着を思わせる服装や、体操着から派生した服は除外されると考えます。
その意味では、ポロシャツはポロというスポーツのスポーツウエアなわけですから、
「きちんと感」は満たしていません。
次に除外すべきもの。
それは下着から派生した服です。
キャミソール、タンクトップ、Tシャツなど、
これらはどれももとは下着でした。
下着で人前に出るということは、まずありません。
ですから、これらも除外します。
それから、次は労働着です。
労働の場が公ではないとは、決して言い切れないのですが、
いわゆる汗水たらして働いているときに着ている服は、
「きちんと感」に欠けます。
その代表がジーンズです。
ジーンズはもともと作業着です。
同じように、ワークパンツ、カーゴパンツも作業着です。
つなぎも作業着なので除外されるでしょう。
では、次に除外されないものです。
制服は除外されません。
制服は「きちんと感」の代表選手のようなものです。
同等に、軍服を起源に持っている服も除外されません。
軍服は制服だからです。
もちろん、人々は制服を着て働いています。
作業着は除外されて、制服ならなぜいいのか、
その理由は、ありません。
そうだと誰かが決めたので、そうなったまでです。
作業の種類が違うだけで差別はおかしい、
そう思われるかもしれませんが、これは理屈や理論で決められた取り決めではないので、
そうなります。
ちなみに、日本の皇室の正装は洋装だそうです。
これを聞いただけでも、きちんとしているという定義は、
必ずしも服の格式や歴史とは、関係ないものだとわかります。
最後にまとめです。
「きちんと感」とは、制服的な要素を含むもので、
かつ、体操服、下着、作業服など、公にはふさわしくないと思われている要素を除外したもの、
ということになります。
ただ、実際は、ほんとうにそうなのかと言えば、
最近はちょっと違ってきています。
なぜなら、ファッション全体のカジュアル化が進んできて、
必ずしも除外すべきもの、すべてが除外されてはいないからです。
たとえばジーンズ。
昔はスニーカーとジーンズでホテルには入れないというルールがありましたが、
今はそうではありません。
それからポロシャツにしてもそうです。
多くの企業で、夏の通勤着として、ポロシャツが許されている職場はあるでしょう。
たぶんその理由は、襟がついているからだと思います。
逆に、襟がついていないTシャツは許されていない職場もあるかもしれません。
結局のところ、なにがきちんとなのか、なにが公なのか、
洋服の文化の歴史の浅い日本では、わからないのです。
誰かが決めたら、そうしなければならないし、
誰かがだめだと言ったら、だめになります。
そして文化圏といっても、地方、地域、会社内、学校内など、
それぞれの中にそれぞれまた別のルールがあります。
ジャージで授業を受けてはいけない学校もあれば、
ジャージで授業を受けなければいけない学校もあります。
タータンチェックのスカートがどうしてきちんとしているかなんて、
誰も答えられません。
「きちんと感」には、何となくこんな感じではないかという、
大まかなイメージはありますが、
絶対にこれであるという確固としたルールはありません。
服装に規則があるところでは、それに従わなければなりませんし、
その規則が「きちんと感」になります。
それでは、ルールがなにもないところ、誰も決めていない、
誰もだめだと言っていないところではどうすればいいか。
それはそのときそのとき、自分で判断すればよいでしょう。
ほんとうのところ、「きちんと感」などない、
その中で、自分はどういう装いをしようか、
この場面ではどう見られたいのか、
相手はなにをこちらに要求しているのか。
そこで判断して服装を決めて、
それに対して相手がどう反応したかは、
自分のコントロールできない範囲の問題です。
相手にあわせるべき場面なら、相手に聞いてそのとおりにする、
そうしなくていいのなら、自分の好きにする。
このようにかくもあいまいな「きちんと感」です。
そんなものに振り回される必要はありません。
きのうは右と言ったのに、
今日は左と誰かが言います。
その中で、自分はどこの位置に立つか、
右なのか、真ん中なのか、左なのか。
それはその都度、自分で判断して決める以外、方法はありません。
ファッションとは、しょせん、その程度のものです。
誰も教えてくれなかったおしゃれのルール
2013年5月20日月曜日
2013年5月13日月曜日
柄物ボトムは印象に残る
今年になって、柄物のボトム、特に柄物のパンツが大ブレイクしています。
これはかなりの勢いで広がりそうです。
柄物のスカートを持っている方は多いと思いますが、
自分のワードローブに柄物のパンツがある人は少ないでしょう。
だからこそ、今年、新たに柄物パンツを足してみたくなるのもうなずけます。
ところで、衣服は寒さ暑さを防ぐために身につけるものでもありますが、
同時に、情報の伝達手段としても存在しています。
そのひとがどんなものをどのように着ているかによって、
自分以外の人々に多くの情報を伝達しているのです。
そして、受け取る側も、その人の服装から、ある程度のことを判断します。
わかりやすい例は制服です。
同じ衣服を身につけることによって、学生の場合はどこの学校かがわかり、
働いている人の場合は、どんな仕事なのかがわかります。
制服は、単に動きよいとか、寒さ暑さを防ぐとか、機能や安全のために身につけるわけではなく、
そのひとの帰属をあらわし、それを他人に情報としてつたえる役目を持っています。
特に意識しなくても、小さいころからの習慣で、
私たちは、他人を着ているもので判断します。
蓄積された情報から、その人がどんな人なのか導きだします。
これはほとんど無意識に行われます。
人間の脳は、たぶんほとんどのことを記憶する力を持っています。
パソコンと同じように、誰かを一目見て、情報をダウンロードします。
けれども、それをすべて引きだす能力はありません。
脳の中に情報としての蓄積はあっても、
引きだされるのはもうすでに処理された情報です。
私たちが、他人の情報を衣服から読み取ろうとするとき、
実は全身をチェックしているわけではありません。
重要なポイントのみ引きだし、それに基づいて判断します。
大体、思い出されるのは顔に近い部分の衣服、
持っていたバッグ、靴などです。
ついで、つけているとしたらアクセサリーとなるでしょう。
特に、顔に近い部分の衣服は重要です。
色、襟の形、あき具合など、覚えている場合が多いです。
それは、人と人がコミュニケーションをとるとき、
おもに見ているのは顔と、その周辺だからです。
私たちは、おなかより下を見ながら、コミュニケーションをとりません。
そのせいもあって、ボトムというのは、他人の印象に残ることが少ないのです。
しかしそれとは別に、人は、何か変わったもの、印象が強いものを覚えているという傾向があります。
ボトムであっても、ものすごく短いスカートや、破けているもの、
目立つ柄などの場合、人はそこに注目し、覚えていることが多いです。
柄物のボトムを選ぶということは、相手に与える印象を1つふやすということにつながります。
柄物ボトムを選ぶリスクは、そこにあります。
そして、そのリスクのため、選び方は難しくなります。
まず第一に、下半身が目立ちます。
ですから、下半身をあまり見てほしくない、または印象に残したくない場合は、
避けたほうが無難です。
今年の柄物パンツの流行は、小さい子供から高い年代層まで、
かなり広範囲です。
これからたくさんの人が柄物パンツをはくだろうと予想されます。
そうすると、おしゃれには見えなくなります。
ここで何回か書いていますが、
おしゃれに見える1つの条件として、あまり人が着ていないものを着るというものがあります。
ある程度以上の人が着ると、それは飽和状態になり、
見慣れてしまうことによって、あまりおしゃれには感じなくなります。
もうそうなると、流行は最終段階にきてしまうのです。
流行がおしゃれに見えるのはごく初期だけ、
そのあとにつづくフォロワーがふえればふれるほど、おしゃれの密度は薄くなります。
次に難しい点として、、
柄物というのは、そのよしあしが分かりにくいものということがあります。
とてもおしゃれな柄とそうでない柄は、特に素人目にはわかりづらいです。
リバティやエミリオ・プッチ、エトロといった、特徴のある柄以外は、
その他大勢という感じで、どの柄だったらおしゃれなのか、
あるいはそうでないのか、なかなか判断できません。
また、印象に残りやすいということは、着まわしに向かないということです。
なぜなら、柄物パンツを繰り返しはくことによって、
同じものばかり着ているという印象を他人に与えてしまうからです。
ここまで考えると、
おしゃれに柄物パンツを着こなすのは、かなり高難度ということになります。
印象に残りやすいので何回も着られない、
下半身が目立つ、
柄のよしあしは他人には理解してもらえない、
街に出ると多くの人が、しかも子供までもが着ている。
ざっと挙げただけでも、これだけ取り入れにくい要素があります。
では、柄物パンツはやめましょうと言ってしまったら、芸がないですので、
それでもなお、柄物パンツを取り入れたい場合、どうしたらよいか考えてみましょう。
まず、全体のコーディネイトの中で浮かない柄を選ぶこと。
2色、もしくは3色以内で構成されたプリントを選び、
全体のコーディネイトも3色ルールをきっちり守る。
こうすることで、柄が悪目立ちしませんし、シックに見えます。
あまり大きな柄は選ばない。
柄が大きいというだけで、印象に強く残ります。
大きなひまわりの絵などは、それだけで強い印象ですので、避けたほうがいいでしょう。
意味のある絵の柄は避ける。
何か具体的なものが描かれているプリントより、抽象的な柄のほうが印象には残りにくいです。
たとえば、亀の柄だとしたら、すぐに覚えられてしまいますが、
なんとなくグリーンの丸模様だったら、はっきりとは覚えられません。
柄の面積を小さくする。
ワイドパンツよりは、タイトなもののほうが印象は薄いです。
最後に、どうしても柄物パンツでおしゃれに見せたい場合は、
他人と同じようなコーディネイトはしない。
私が予想するに、ことしの夏は、ふわっとしたチュニックやビッグシャツに、
タイトな柄物パンツという姿の人があふれると思います。
しかし、大多数と同じコーディネイトをしたら、もう特別おしゃれには見えません。
だから、あえてそこは避ける。
避けてどうするか。
それはいろいろあると思いますが、きちんとしたジャケットと柄物パンツをあわせるとか、
革のジャケットに白いTシャツ、そこに柄物パンツをあわせるとか、
ワンピースの下に同色の柄物パンツをあわせるとか、
とにかくそこは工夫と努力をします。
印象とは、相手に対するあなたという人の情報のプレゼントです。
もしかして、相手はずっとそれを持ち続けるかもしれません。
初対面の相手だとしたらなおさら、それを変えるのは難しいのです。
でも、その情報は簡単に操作できるものです。
服装で情報を操作するのは、難しいことではありません。
他人の目を気にすると言うと、もうすでに主導権はその他人に渡っています。
だけれども、そうではなくて、他人の目に与える情報を操作する主導権は、
いつでもこちらにあります。
そのためには、受け身ではなく、こちらから仕掛けていくという姿勢が必要です。
柄物パンツに踊らされないで、
柄物パンツをはいて踊ってください。
こちらから仕掛けていけば、それは可能です。
これはかなりの勢いで広がりそうです。
柄物のスカートを持っている方は多いと思いますが、
自分のワードローブに柄物のパンツがある人は少ないでしょう。
だからこそ、今年、新たに柄物パンツを足してみたくなるのもうなずけます。
ところで、衣服は寒さ暑さを防ぐために身につけるものでもありますが、
同時に、情報の伝達手段としても存在しています。
そのひとがどんなものをどのように着ているかによって、
自分以外の人々に多くの情報を伝達しているのです。
そして、受け取る側も、その人の服装から、ある程度のことを判断します。
わかりやすい例は制服です。
同じ衣服を身につけることによって、学生の場合はどこの学校かがわかり、
働いている人の場合は、どんな仕事なのかがわかります。
制服は、単に動きよいとか、寒さ暑さを防ぐとか、機能や安全のために身につけるわけではなく、
そのひとの帰属をあらわし、それを他人に情報としてつたえる役目を持っています。
特に意識しなくても、小さいころからの習慣で、
私たちは、他人を着ているもので判断します。
蓄積された情報から、その人がどんな人なのか導きだします。
これはほとんど無意識に行われます。
人間の脳は、たぶんほとんどのことを記憶する力を持っています。
パソコンと同じように、誰かを一目見て、情報をダウンロードします。
けれども、それをすべて引きだす能力はありません。
脳の中に情報としての蓄積はあっても、
引きだされるのはもうすでに処理された情報です。
私たちが、他人の情報を衣服から読み取ろうとするとき、
実は全身をチェックしているわけではありません。
重要なポイントのみ引きだし、それに基づいて判断します。
大体、思い出されるのは顔に近い部分の衣服、
持っていたバッグ、靴などです。
ついで、つけているとしたらアクセサリーとなるでしょう。
特に、顔に近い部分の衣服は重要です。
色、襟の形、あき具合など、覚えている場合が多いです。
それは、人と人がコミュニケーションをとるとき、
おもに見ているのは顔と、その周辺だからです。
私たちは、おなかより下を見ながら、コミュニケーションをとりません。
そのせいもあって、ボトムというのは、他人の印象に残ることが少ないのです。
しかしそれとは別に、人は、何か変わったもの、印象が強いものを覚えているという傾向があります。
ボトムであっても、ものすごく短いスカートや、破けているもの、
目立つ柄などの場合、人はそこに注目し、覚えていることが多いです。
柄物のボトムを選ぶということは、相手に与える印象を1つふやすということにつながります。
柄物ボトムを選ぶリスクは、そこにあります。
そして、そのリスクのため、選び方は難しくなります。
まず第一に、下半身が目立ちます。
ですから、下半身をあまり見てほしくない、または印象に残したくない場合は、
避けたほうが無難です。
今年の柄物パンツの流行は、小さい子供から高い年代層まで、
かなり広範囲です。
これからたくさんの人が柄物パンツをはくだろうと予想されます。
そうすると、おしゃれには見えなくなります。
ここで何回か書いていますが、
おしゃれに見える1つの条件として、あまり人が着ていないものを着るというものがあります。
ある程度以上の人が着ると、それは飽和状態になり、
見慣れてしまうことによって、あまりおしゃれには感じなくなります。
もうそうなると、流行は最終段階にきてしまうのです。
流行がおしゃれに見えるのはごく初期だけ、
そのあとにつづくフォロワーがふえればふれるほど、おしゃれの密度は薄くなります。
次に難しい点として、、
柄物というのは、そのよしあしが分かりにくいものということがあります。
とてもおしゃれな柄とそうでない柄は、特に素人目にはわかりづらいです。
リバティやエミリオ・プッチ、エトロといった、特徴のある柄以外は、
その他大勢という感じで、どの柄だったらおしゃれなのか、
あるいはそうでないのか、なかなか判断できません。
また、印象に残りやすいということは、着まわしに向かないということです。
なぜなら、柄物パンツを繰り返しはくことによって、
同じものばかり着ているという印象を他人に与えてしまうからです。
ここまで考えると、
おしゃれに柄物パンツを着こなすのは、かなり高難度ということになります。
印象に残りやすいので何回も着られない、
下半身が目立つ、
柄のよしあしは他人には理解してもらえない、
街に出ると多くの人が、しかも子供までもが着ている。
ざっと挙げただけでも、これだけ取り入れにくい要素があります。
では、柄物パンツはやめましょうと言ってしまったら、芸がないですので、
それでもなお、柄物パンツを取り入れたい場合、どうしたらよいか考えてみましょう。
まず、全体のコーディネイトの中で浮かない柄を選ぶこと。
2色、もしくは3色以内で構成されたプリントを選び、
全体のコーディネイトも3色ルールをきっちり守る。
こうすることで、柄が悪目立ちしませんし、シックに見えます。
あまり大きな柄は選ばない。
柄が大きいというだけで、印象に強く残ります。
大きなひまわりの絵などは、それだけで強い印象ですので、避けたほうがいいでしょう。
意味のある絵の柄は避ける。
何か具体的なものが描かれているプリントより、抽象的な柄のほうが印象には残りにくいです。
たとえば、亀の柄だとしたら、すぐに覚えられてしまいますが、
なんとなくグリーンの丸模様だったら、はっきりとは覚えられません。
柄の面積を小さくする。
ワイドパンツよりは、タイトなもののほうが印象は薄いです。
最後に、どうしても柄物パンツでおしゃれに見せたい場合は、
他人と同じようなコーディネイトはしない。
私が予想するに、ことしの夏は、ふわっとしたチュニックやビッグシャツに、
タイトな柄物パンツという姿の人があふれると思います。
しかし、大多数と同じコーディネイトをしたら、もう特別おしゃれには見えません。
だから、あえてそこは避ける。
避けてどうするか。
それはいろいろあると思いますが、きちんとしたジャケットと柄物パンツをあわせるとか、
革のジャケットに白いTシャツ、そこに柄物パンツをあわせるとか、
ワンピースの下に同色の柄物パンツをあわせるとか、
とにかくそこは工夫と努力をします。
印象とは、相手に対するあなたという人の情報のプレゼントです。
もしかして、相手はずっとそれを持ち続けるかもしれません。
初対面の相手だとしたらなおさら、それを変えるのは難しいのです。
でも、その情報は簡単に操作できるものです。
服装で情報を操作するのは、難しいことではありません。
他人の目を気にすると言うと、もうすでに主導権はその他人に渡っています。
だけれども、そうではなくて、他人の目に与える情報を操作する主導権は、
いつでもこちらにあります。
そのためには、受け身ではなく、こちらから仕掛けていくという姿勢が必要です。
柄物パンツに踊らされないで、
柄物パンツをはいて踊ってください。
こちらから仕掛けていけば、それは可能です。
ラベル:
おしゃれチップス
2013年5月6日月曜日
スタイルを模索する
世界じゅうのおしゃれと呼ばれている人たちには、
それぞれ独自のスタイルがあります。
流行を取り入れつつも、自分のスタイルは貫き通す、
それがほんとうのおしゃれな人たちです。
流行のもので身を固め、いつも違うスタイルであらわれるのは、
単なる自己顕示欲のかたまりの強い、ファッション・ヴィクテムです。
ある程度、おしゃれの基礎がわかって、上達してきたら、
次の段階として、スタイルを模索することをお勧めします。
しかし、自分のスタイルを確立するためには、
一朝一夕にはいきません。
いろいろなスタイルにチャレンジし、
数多くのばかばかしい失敗をし、
何となく違う感じを修正し、
思ったとおりのものがなければ我慢して、
あきらめずにさがしつづける。
それを何年も繰り返して、やっと自分のスタイルを見つけることができます。
スタイルを確立するために必要なのは、
まず第一に自分自身をよく知ること。
それは自分の体型や肌の色といった、物理的な問題もそうですし、
好みや嗜好、目指す方向といった、
目に見えない部分もそうです。
自分自身を理解しないことには、自分のスタイルは確立しません。
無意識に選ぶ色、形、スタイルは、なぜそうなるのか、
そして逆に選ばないのはなぜなのか、
どんな格好をしているときがリラックスできて、自分らしくいられるのか、
または、なにを着るといらいらするのか、
居心地が悪くなるかなど、
一つ一つ自分に聞いて、チェックしていく必要があります。
その答えは、自分にしかわからないので、
誰かに聞くわけにはいきません。
どんなに人に勧められても、だめなものはだめです。
いつも着たいと思えないようなものばかり集めても、
自分のスタイルにはなりません。
これは、ときには自分にとってつらい場面もあるかもしれません。
否が応でも自分に向き合うことで、
自分の欠点にも気づくでしょうし、
見たくなかった面を見ざるを得なくもなるでしょう。
しかし、欠点を長所に、
見たくなかった面を新しい気づきとして受け入れることによって、
より新しい、自由な自分に出会えます。
そして、その自由な自分が、より自分らしく、自由でいられるためにスタイルを確立するのです。
ひとたび、これこそがわたしのスタイルだというものがわかったなら、
そのあとの洋服選びは簡単になります。
どんなに流行していても、自分のスタイルでないものは着ない、
心を動かされないと決めたなら、迷うことはありません。
ただし、同時に注意しておいてほしいことがあります。
何事も変化しないものはありません。
変化こそが、変わらぬ世の中の真理です。
自分の体型や容姿も変わるでしょう。
気持ちも変わるでしょう。
背景としての社会も変わるでしょう。
そして、もちろん流行も変わります。
スタイルの完成は、実は永遠にないのです。
それは、いつでも未完成であることによってしか、
変化には対応できないからです。
90パーセントはスタイルを確立しつつ、
常に10パーセントの余地を残しておく。
そうすることで、自分やファッションの変化に対応していく。
このバランスがちょうどいいところにとれたときに、
そのひとはスタイルがあり、かつ時代と合っているおしゃれな人になることができます。
柔軟性がないことは、やはりおしゃれではありません。
そこには好奇心のかけらが見えません。
変化し続けるものに対する好奇心と、
変わらぬものに対する自信、この2つが必要です。
いつでも変わる準備をしつつ、
永遠に完成しないスタイルを模索する、
かたいようで、しなやかに、
流れにのりつつ、流されず、
最終的な進化の地点まで、
あきらめずにさがし続ける、
そんな姿勢が、そのひとをおしゃれに見せるでしょう。
それはだれもが憧れる境地ではありますが、
たどりつけない場所ではありません。
その地点がはっきりと目に見えるなら、
必ずたどりつけます。
まずは、自分という地図の中をくまなく探検してください。
なによりも、それが最初の一歩です。
さがすのをやめないと決めればいいだけです。
決めさえすえば、実現します。
それぞれ独自のスタイルがあります。
流行を取り入れつつも、自分のスタイルは貫き通す、
それがほんとうのおしゃれな人たちです。
流行のもので身を固め、いつも違うスタイルであらわれるのは、
単なる自己顕示欲のかたまりの強い、ファッション・ヴィクテムです。
ある程度、おしゃれの基礎がわかって、上達してきたら、
次の段階として、スタイルを模索することをお勧めします。
しかし、自分のスタイルを確立するためには、
一朝一夕にはいきません。
いろいろなスタイルにチャレンジし、
数多くのばかばかしい失敗をし、
何となく違う感じを修正し、
思ったとおりのものがなければ我慢して、
あきらめずにさがしつづける。
それを何年も繰り返して、やっと自分のスタイルを見つけることができます。
スタイルを確立するために必要なのは、
まず第一に自分自身をよく知ること。
それは自分の体型や肌の色といった、物理的な問題もそうですし、
好みや嗜好、目指す方向といった、
目に見えない部分もそうです。
自分自身を理解しないことには、自分のスタイルは確立しません。
無意識に選ぶ色、形、スタイルは、なぜそうなるのか、
そして逆に選ばないのはなぜなのか、
どんな格好をしているときがリラックスできて、自分らしくいられるのか、
または、なにを着るといらいらするのか、
居心地が悪くなるかなど、
一つ一つ自分に聞いて、チェックしていく必要があります。
その答えは、自分にしかわからないので、
誰かに聞くわけにはいきません。
どんなに人に勧められても、だめなものはだめです。
いつも着たいと思えないようなものばかり集めても、
自分のスタイルにはなりません。
これは、ときには自分にとってつらい場面もあるかもしれません。
否が応でも自分に向き合うことで、
自分の欠点にも気づくでしょうし、
見たくなかった面を見ざるを得なくもなるでしょう。
しかし、欠点を長所に、
見たくなかった面を新しい気づきとして受け入れることによって、
より新しい、自由な自分に出会えます。
そして、その自由な自分が、より自分らしく、自由でいられるためにスタイルを確立するのです。
ひとたび、これこそがわたしのスタイルだというものがわかったなら、
そのあとの洋服選びは簡単になります。
どんなに流行していても、自分のスタイルでないものは着ない、
心を動かされないと決めたなら、迷うことはありません。
ただし、同時に注意しておいてほしいことがあります。
何事も変化しないものはありません。
変化こそが、変わらぬ世の中の真理です。
自分の体型や容姿も変わるでしょう。
気持ちも変わるでしょう。
背景としての社会も変わるでしょう。
そして、もちろん流行も変わります。
スタイルの完成は、実は永遠にないのです。
それは、いつでも未完成であることによってしか、
変化には対応できないからです。
90パーセントはスタイルを確立しつつ、
常に10パーセントの余地を残しておく。
そうすることで、自分やファッションの変化に対応していく。
このバランスがちょうどいいところにとれたときに、
そのひとはスタイルがあり、かつ時代と合っているおしゃれな人になることができます。
柔軟性がないことは、やはりおしゃれではありません。
そこには好奇心のかけらが見えません。
変化し続けるものに対する好奇心と、
変わらぬものに対する自信、この2つが必要です。
いつでも変わる準備をしつつ、
永遠に完成しないスタイルを模索する、
かたいようで、しなやかに、
流れにのりつつ、流されず、
最終的な進化の地点まで、
あきらめずにさがし続ける、
そんな姿勢が、そのひとをおしゃれに見せるでしょう。
それはだれもが憧れる境地ではありますが、
たどりつけない場所ではありません。
その地点がはっきりと目に見えるなら、
必ずたどりつけます。
まずは、自分という地図の中をくまなく探検してください。
なによりも、それが最初の一歩です。
さがすのをやめないと決めればいいだけです。
決めさえすえば、実現します。
ラベル:
おしゃれチップス
2013年4月29日月曜日
得意分野を作る
ファッションといっても、その範囲は膨大です。
帽子、かばん、靴まで、
そしてジュエリーやマフラーまで、カバーしているアイテムは、星の数ほどあります。
ファッションのプロであったとしても、それらすべてを熟知しているわけではありません。
モードが好きなひとは、コンサバが不得意ですし、
一般のアパレルで働いている場合は、アウトドアやスポーツウエアにはうといです。
プロでさえすべて把握するのが難しいわけですから、
プロではない一般の素人の場合、膨大な知識と情報を持つのは不可能です。
最初から無理な話です。
しかし、だからといって、すべてについて無知というのも、
何かを選択する上で、賢い態度とは言えません。
であるならば、何か一つ得意分野があればいいと思うのです。
誰にでも得意料理があるように、
自分はこれだったら得意だ、よく知っているというアイテムを作るといいと思います。
たとえば、靴。
そして靴の中でもスニーカーには詳しいであるとか、
バレエシューズはよく知っているなど、
細かく焦点を絞って、
それについてはある程度の知識と情報を得るようにするという努力をします。
それは帽子の場合もあるでしょう、
アウトドアウエアの場合もあるでしょう。
ジーンズかもしれませんし、ストッキングかもしれません。
またアイテムではないとしても、素材という場合もあり得ます。
リネンのいいメーカーを知っている、
カシミアならどこがいいのか知っているなど、
いろいろ考えられます。
そして、もちろんこれらは自分の好きな分野を選びます。
好きでもないことに、関心を持ち続けるのは難しいからです。
1つ、これという分野を決めたなら、
それについてはよく勉強します。
情報を集めます。
実際に足を運んで、目で見て、手でさわってみます。
そして、ほんとうに気に入ったものがあったら、
実際に買ってみて、着てみます。
そして、そのものだけは、自分がコレクションすることを許します。
靴だけとか、帽子だけとか、
吟味して選択したものを、コレクションするのです。
そうしてコレクションしたものは、あたかも自分にとっての小さな美術館のようになるでしょう。
美しいもの、
何年たってもその価値が失われないもの、
希少品、
コレクターズアイテム、
並べて鑑賞しても、毎日あきないような、
いつまでも見ていたいような、
そんなものたちを集めていけば、そうなります。
そこで問われるのは審美眼です。
どれだけ美しいものを見てきたか、
経験してきたかが、
そのコレクションを見ればわかります。
そして、その審美眼を養うのに必要なことは、地道な訓練のみです。
何回かの失敗もあるでしょうし、
いつまでたっても、納得のいくものに出会えない場合もあるでしょう。
しかし、途中であきらめないで、
根気よく続けていけば、
いつしか審美眼は身に着くはずです。
1つのものを見極める目が持てるようになると、
不思議なことに、それはほかの分野にも応用できるようになります。
麻についてよく勉強し、経験したら、
ウールのよしあしも、何となく勘でわかるようになるでしょう。
スニーカーの構造について熟知したら、
どんなヒール靴が歩きやすいか判断するのが簡単になることでしょう。
そしてその領域に達したならば、
選択というものがぐんと楽になるはずです。
そのお店へはいって、ほんの数分で、必要なもの、美しいものがぱっとわかる能力がつきます。
(これはほんとうです)
その領域に達するまでに必要なのは、
あれもこれもと手を出さないこと、
そしてあきらめないでつづけることです。
美しいものを見つける目の養成は、
短期間ではできません。
しかし、美しいものを見た回数とかけた時間分の実力は、
必ずつくものです。
その努力が裏切られることは、絶対にありません。
それは、外からは見えない実力です。
しかし、そんな実力こそが、ほんとうの宝物ではないでしょうか。
なぜなら、それは誰にも奪えない宝物だからです。
自分の宝箱に、誰にも奪えない宝物をふやしていきましょう。
それは後々、役に立つ日がくるでしょう。
なぜなら、
最終的に自分自身を救ってくれるのは、
その誰にも奪えない宝だからです。
帽子、かばん、靴まで、
そしてジュエリーやマフラーまで、カバーしているアイテムは、星の数ほどあります。
ファッションのプロであったとしても、それらすべてを熟知しているわけではありません。
モードが好きなひとは、コンサバが不得意ですし、
一般のアパレルで働いている場合は、アウトドアやスポーツウエアにはうといです。
プロでさえすべて把握するのが難しいわけですから、
プロではない一般の素人の場合、膨大な知識と情報を持つのは不可能です。
最初から無理な話です。
しかし、だからといって、すべてについて無知というのも、
何かを選択する上で、賢い態度とは言えません。
であるならば、何か一つ得意分野があればいいと思うのです。
誰にでも得意料理があるように、
自分はこれだったら得意だ、よく知っているというアイテムを作るといいと思います。
たとえば、靴。
そして靴の中でもスニーカーには詳しいであるとか、
バレエシューズはよく知っているなど、
細かく焦点を絞って、
それについてはある程度の知識と情報を得るようにするという努力をします。
それは帽子の場合もあるでしょう、
アウトドアウエアの場合もあるでしょう。
ジーンズかもしれませんし、ストッキングかもしれません。
またアイテムではないとしても、素材という場合もあり得ます。
リネンのいいメーカーを知っている、
カシミアならどこがいいのか知っているなど、
いろいろ考えられます。
そして、もちろんこれらは自分の好きな分野を選びます。
好きでもないことに、関心を持ち続けるのは難しいからです。
1つ、これという分野を決めたなら、
それについてはよく勉強します。
情報を集めます。
実際に足を運んで、目で見て、手でさわってみます。
そして、ほんとうに気に入ったものがあったら、
実際に買ってみて、着てみます。
そして、そのものだけは、自分がコレクションすることを許します。
靴だけとか、帽子だけとか、
吟味して選択したものを、コレクションするのです。
そうしてコレクションしたものは、あたかも自分にとっての小さな美術館のようになるでしょう。
美しいもの、
何年たってもその価値が失われないもの、
希少品、
コレクターズアイテム、
並べて鑑賞しても、毎日あきないような、
いつまでも見ていたいような、
そんなものたちを集めていけば、そうなります。
そこで問われるのは審美眼です。
どれだけ美しいものを見てきたか、
経験してきたかが、
そのコレクションを見ればわかります。
そして、その審美眼を養うのに必要なことは、地道な訓練のみです。
何回かの失敗もあるでしょうし、
いつまでたっても、納得のいくものに出会えない場合もあるでしょう。
しかし、途中であきらめないで、
根気よく続けていけば、
いつしか審美眼は身に着くはずです。
1つのものを見極める目が持てるようになると、
不思議なことに、それはほかの分野にも応用できるようになります。
麻についてよく勉強し、経験したら、
ウールのよしあしも、何となく勘でわかるようになるでしょう。
スニーカーの構造について熟知したら、
どんなヒール靴が歩きやすいか判断するのが簡単になることでしょう。
そしてその領域に達したならば、
選択というものがぐんと楽になるはずです。
そのお店へはいって、ほんの数分で、必要なもの、美しいものがぱっとわかる能力がつきます。
(これはほんとうです)
その領域に達するまでに必要なのは、
あれもこれもと手を出さないこと、
そしてあきらめないでつづけることです。
美しいものを見つける目の養成は、
短期間ではできません。
しかし、美しいものを見た回数とかけた時間分の実力は、
必ずつくものです。
その努力が裏切られることは、絶対にありません。
それは、外からは見えない実力です。
しかし、そんな実力こそが、ほんとうの宝物ではないでしょうか。
なぜなら、それは誰にも奪えない宝物だからです。
自分の宝箱に、誰にも奪えない宝物をふやしていきましょう。
それは後々、役に立つ日がくるでしょう。
なぜなら、
最終的に自分自身を救ってくれるのは、
その誰にも奪えない宝だからです。
ラベル:
おしゃれチップス
2013年4月22日月曜日
新しいファッションに挑戦する
世界じゅうのおしゃれと呼ばれている人たち、
たとえば、パリ・コレクションやミラノ・コレクションでスナップを撮られる常連さんたちは、
たしかに自分のスタイルというものを持っています。
いわば、自分のスタイルが完成された人たちです。
しかし、一般の私たちは、そこに到達するにはまだまだ時間がかかります。
自分のスタイルを完成させるまでにやるべきことは、
それまで自分がしたことのないファッションにチャレンジすることです。
流行にともなって、いろいろなスタイルが提案されます。
それは今までまったくなかった組み合わせであったり、
新しいアイテムであるときもあります。
それらを利用して、自分が今までやってこなかったスタイルに挑戦するのです。
たとえば、ここ何年か、ウェッジソールのヒール靴がはやっています。
70年代にもウェッジソールの靴はありましたが、
その後、80年代、90年代にはすたれてしまって、市場には出回っていませんでした。
しかし、今ではありとあらゆる形のウェッジソールの靴があります。
そして、それを利用すれば、今まで高いヒールを敬遠していた人も、
ヒールの靴にチャレンジすることができます。
なぜなら、ウェッジソールのヒールは、たとえ10センチヒールだったとしても、
安定性があり、歩きやすいからです。
そのほか、たとえばスカートははかないと決めていてしまったとします。
理由は、脚の形が悪いと感じているからです。
しかし、昨今の流行している、パンツとスカート、またレギンスとスカートというスタイルを取り入れれば、その悩みは解消します。
スカートの下にパンツをはいたり、レギンスをはくことによって、
脚の形は目立たなくなるからです。
そのことによって、ドレスやスカートを着てみることができます。
そのほかにも、スニーカーの流行や、スポーツ・ウエアの普段着化があります。
思い出してください。
ほんの10年ぐらい前まで、お年寄りは外出の際、スニーカーをはいていませんでした。
みな、きちんとした革靴でした。
けれども、都会への外出の際にも、スニーカーをはくことがおかしくない時代になり、
それを試してみた人たちは、歩きやすい靴を手に入れたのです。
スニーカーをはくのと同時に、ジーンズも取り入れ、
20年前では考えられなかった、お年寄りのスニーカーにジーンズ姿が、
ごく普通に見られるようになりました。
流行にのることで、今までできなかったことができるようになる可能性があるのです。
しかし、そのためには、実際に自分で試してみなければなりません。
見たことがある、
聞いたことがある、
知識として知っている、
これらのどれも、実際に経験したこととは違います。
経験して初めてわかることがあるのです。
一番よくないのは、かたくなになって、チャレンジしないこと。
やってもみていないのに、だめだと決めつけてしまうことです。
とりあえずやってみて、やはり違うと思えばやめればいいだけのこと。
新しい服を着てみる行為は、新しい山に登るより、ずっと簡単なはずです。
さほど大それたことではないのです。
柔軟な心がなければ、おしゃれにはなれません。
かたくなであることは、おしゃれから一番遠い態度です。
自分のスタイルを確立するには、何年もかかります。
20代、30代では無理でしょう。
それは経験値が少ないからです。
そして、自分自身のことをよく理解していないからです。
ふと選んだその色が、
何気なく見つめていた、そのドレスが、
新しい自分に出会うきっかけになるかもしれません。
コートに袖を通してみる、
ハイヒールにそっと足を入れて、一歩踏み出す、
その経験で、隠されていた自分の一面に気づくこともあるでしょう。
それをやってみる勇気がある人が、おしゃれな人なのです。
やってもいないことに対して、文句を言っても始まりません。
やっていないことに対する判断は、まちがっています。
服を着るという行為は経験です。
知識でも、情報でもありません。
人生は経験の連続で出来上がっています。
まずはチャレンジしてみましょう。
そして自分の心の動きを観察しましょう。
ハートが違うというのなら、やめにしましょう。
ハートが喜ぶなら、そのスタイルをぜひ取り入れてみてください。
なぜなら、ハートが喜ぶその服は、
きっと、あなたの世界を広げるための1枚に違いありませんから。
たとえば、パリ・コレクションやミラノ・コレクションでスナップを撮られる常連さんたちは、
たしかに自分のスタイルというものを持っています。
いわば、自分のスタイルが完成された人たちです。
しかし、一般の私たちは、そこに到達するにはまだまだ時間がかかります。
自分のスタイルを完成させるまでにやるべきことは、
それまで自分がしたことのないファッションにチャレンジすることです。
流行にともなって、いろいろなスタイルが提案されます。
それは今までまったくなかった組み合わせであったり、
新しいアイテムであるときもあります。
それらを利用して、自分が今までやってこなかったスタイルに挑戦するのです。
たとえば、ここ何年か、ウェッジソールのヒール靴がはやっています。
70年代にもウェッジソールの靴はありましたが、
その後、80年代、90年代にはすたれてしまって、市場には出回っていませんでした。
しかし、今ではありとあらゆる形のウェッジソールの靴があります。
そして、それを利用すれば、今まで高いヒールを敬遠していた人も、
ヒールの靴にチャレンジすることができます。
なぜなら、ウェッジソールのヒールは、たとえ10センチヒールだったとしても、
安定性があり、歩きやすいからです。
そのほか、たとえばスカートははかないと決めていてしまったとします。
理由は、脚の形が悪いと感じているからです。
しかし、昨今の流行している、パンツとスカート、またレギンスとスカートというスタイルを取り入れれば、その悩みは解消します。
スカートの下にパンツをはいたり、レギンスをはくことによって、
脚の形は目立たなくなるからです。
そのことによって、ドレスやスカートを着てみることができます。
そのほかにも、スニーカーの流行や、スポーツ・ウエアの普段着化があります。
思い出してください。
ほんの10年ぐらい前まで、お年寄りは外出の際、スニーカーをはいていませんでした。
みな、きちんとした革靴でした。
けれども、都会への外出の際にも、スニーカーをはくことがおかしくない時代になり、
それを試してみた人たちは、歩きやすい靴を手に入れたのです。
スニーカーをはくのと同時に、ジーンズも取り入れ、
20年前では考えられなかった、お年寄りのスニーカーにジーンズ姿が、
ごく普通に見られるようになりました。
流行にのることで、今までできなかったことができるようになる可能性があるのです。
しかし、そのためには、実際に自分で試してみなければなりません。
見たことがある、
聞いたことがある、
知識として知っている、
これらのどれも、実際に経験したこととは違います。
経験して初めてわかることがあるのです。
一番よくないのは、かたくなになって、チャレンジしないこと。
やってもみていないのに、だめだと決めつけてしまうことです。
とりあえずやってみて、やはり違うと思えばやめればいいだけのこと。
新しい服を着てみる行為は、新しい山に登るより、ずっと簡単なはずです。
さほど大それたことではないのです。
柔軟な心がなければ、おしゃれにはなれません。
かたくなであることは、おしゃれから一番遠い態度です。
自分のスタイルを確立するには、何年もかかります。
20代、30代では無理でしょう。
それは経験値が少ないからです。
そして、自分自身のことをよく理解していないからです。
ふと選んだその色が、
何気なく見つめていた、そのドレスが、
新しい自分に出会うきっかけになるかもしれません。
コートに袖を通してみる、
ハイヒールにそっと足を入れて、一歩踏み出す、
その経験で、隠されていた自分の一面に気づくこともあるでしょう。
それをやってみる勇気がある人が、おしゃれな人なのです。
やってもいないことに対して、文句を言っても始まりません。
やっていないことに対する判断は、まちがっています。
服を着るという行為は経験です。
知識でも、情報でもありません。
人生は経験の連続で出来上がっています。
まずはチャレンジしてみましょう。
そして自分の心の動きを観察しましょう。
ハートが違うというのなら、やめにしましょう。
ハートが喜ぶなら、そのスタイルをぜひ取り入れてみてください。
なぜなら、ハートが喜ぶその服は、
きっと、あなたの世界を広げるための1枚に違いありませんから。
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おしゃれチップス
2013年4月8日月曜日
自分にとって最強の白シャツを探せ
白シャツは、いつの時代も必ずある、洋服の中で基本中の基本のアイテムです。
誰もが必ず着たことのあるアイテムでもあると言えるでしょう。
ここ数年、タイトなシルエットの流行のせいで、白シャツのバリエーションが非常に少ない時期が続きました。
ダーツの入ったタイトなシルエットで、素材は必ずストレッチ。
丈も短めで、袖幅も狭く、誰にでも似合うシルエットではありませんでした。
その間に、白シャツをあきらめてしまった方も多いと思います。
しかし、ここにきて、やっと白シャツのバリエーションが戻ってきました。
つまり、タイトなだけの白シャツではなくなってきたのです。
今までは、シャツが着る人を選んできましたが、
やっと、こちらが選べる状況になりました。
それならば、自分にとって最強の白シャツを探すことができます。
では、何をチェックして、自分にとって最強の白シャツを探せばよいでしょうか。
チェック・ポイントはたくさんあります。
まず、一番はシルエットです。
今の流行が何であるかに関係なく、その人の体型や好みにぴったりのシルエットがあります。
それはダーツのあるタイトなものなのか、ダーツなしのリラックス・フィットなのか、ビッグ・シルエットなのか、それを第一に考えます。
それは、自分が白シャツでどういう雰囲気を作りたいか、どういう気分になりたいかによります。
また、丈の長さも短め、長め、どちらがいいのか決めておきます。
そこで、その人に合っていないシルエットについて、1つ指摘しておきます。
洋服の場合、横じわは、その人の体型に合っていないという証拠です。
シャツを着てみて、バストの上にくるボタンの位置から、脇に向かって横じわが出た場合、
そのシャツは、その人の体型に合っていません。
それは、バスト寸法が足りていないというしるしです。
サイズは、バスト寸法によって決定されています。
やせているか、太っているかではありません。
バストが大きい方は、やせていても、大きいサイズになります。
もし今現在、気に入っているシャツでもブラウスでもあったら、
その身幅の寸法をはかっておいて、大体どれぐらいが好きなのか把握しておくといいでしょう。
身幅をはかる位置は、脇の袖が縫い付けられている、一番身幅が大きくなっているラインです。
次に、襟の形、ポケットの有無など、背中のタックの有無など、デザインの細部について考えます。
襟の形は大き目がいいのか、小さめがいいのか、
角がとがっているタイプか、丸いタイプ か、ボタンダウンか。
ポケットは左右にあるタイプか、片方か、またはなしか。
背中にタックはあったほうがいいのか、ないのか。
また、最近は、裾の脇側にボタンがついていて、カシュクールのように着られるタイプのシャツもあります。
カシュクールとして着たいのか、それはいらないのかも考えます。
次に、色について考えます。
白シャツといっても、色には幅があります。
オフ白と呼ばれる、少し黄色が入った白から、いわゆるお父さんが着るワイシャツのような、青っぽい白まで。
よく、白シャツが似合わないとおっしゃっている方がいますが、それはたぶん、色の問題だと思います。
青い白が似合う場合と、クリーム色に近い白が似合う場合とがあります。
自分はどちらなのか、わからない場合は、色をあててみて、他人に見てもらいながら決めましょう。
そして、最後に素材です。
これは、洋服の知識があまりない人にとって、わかりづらいポイントではないかと思います。
白シャツとひとことで言っても、素材にかなりの幅があります。
コットン、コットンとリネン、コットンとポリエステル、シルク、レーヨン、リヨセルなど、まずは生地を構成する素材による違い、
そして、オックスフォード、綾織り、サテン、ボイルなど、おり方による違いです。
また、仕上がりが、ノー・アイロンのタイプや、逆に洗いをかけたラフなものなどにもわかれます。
いつも書いていることですが、
年齢が上がるほど、いい素材のものを身に付けたほうがよいです。
若い場合は、肌が若いので、どんなに安い素材でも、生き生き見えますが、
そうでなくなった場合、いい素材感が、皮膚のおとろえをカバーしてくれます。
いい素材とは何かというと、独特のつやや、ぬめりを持った素材です。
こればかりは、実際に見てみないことにはわかりません。
よくわからないという方は、買わなくてもよいので、高級シャツを扱うショップで、
そっとシャツにさわってみて、生地の輝き方を目で確かめてみてください。
普通のウールとカシミアとでは全く違うように、高級なコットンは、輝きやしなやかさが違います。
その違いは、必ずしも値段だけでは判断できないので、実物を見て覚えるしかありません。
または、有名な生地会社、たとえばイタリア製の生地仕様などという表記は、ある程度、参考になると思います。
これら全部をチェックするには、白シャツを試着する以外、方法はありません。
まず着てみてシルエット、
襟の大きさ、
袖の長さ、
肩幅、
袖幅、
身ごろの長さ、
第一ボタンをはずしたときの開き具合、
裾のカット、
バストから落ちる布の流れのチェック、
バック・スタイル、
素材の質感など、
すべてチェックする必要があります。
あくまでも、探すのは自分にとっての最強の白シャツです。
他人にとってではありません。
販売員さんの、「とってもお似合いですよ」などという声は、無視していいのです。
聞くべきなのは、自分の心の声だけです。
シャツを着てみて、湧き上がってくる感じが心地いいものなのかどうなのか、
何かひっかかる点はないか、
違和感はないか、
いたたまれない感じにはならないか、
ちょっとでも気になる点があったら、それは、自分にとっての最強ではありません。
自分が最強でいられるための、最強の白シャツを探すこと。
それは、そんなに簡単ではありません。
そして、何が最強なのかは、自分にしかわかりません。
流行も、他人の目も、値段も、ブランドも、すべて関係ありません。
一枚一枚、着てみて、
その都度、自分の心を確認して、
すべて大丈夫と思えるまで、あきらめないで、根気よく探してください。
きっとその白いシャツは、どこかで待っているはずです。
目を閉じて、
自分にとっての最強の白シャツを着ている自分の姿が見えたなら、
それは本当に存在しているということです。
誰もが必ず着たことのあるアイテムでもあると言えるでしょう。
ここ数年、タイトなシルエットの流行のせいで、白シャツのバリエーションが非常に少ない時期が続きました。
ダーツの入ったタイトなシルエットで、素材は必ずストレッチ。
丈も短めで、袖幅も狭く、誰にでも似合うシルエットではありませんでした。
その間に、白シャツをあきらめてしまった方も多いと思います。
しかし、ここにきて、やっと白シャツのバリエーションが戻ってきました。
つまり、タイトなだけの白シャツではなくなってきたのです。
今までは、シャツが着る人を選んできましたが、
やっと、こちらが選べる状況になりました。
それならば、自分にとって最強の白シャツを探すことができます。
では、何をチェックして、自分にとって最強の白シャツを探せばよいでしょうか。
チェック・ポイントはたくさんあります。
まず、一番はシルエットです。
今の流行が何であるかに関係なく、その人の体型や好みにぴったりのシルエットがあります。
それはダーツのあるタイトなものなのか、ダーツなしのリラックス・フィットなのか、ビッグ・シルエットなのか、それを第一に考えます。
それは、自分が白シャツでどういう雰囲気を作りたいか、どういう気分になりたいかによります。
また、丈の長さも短め、長め、どちらがいいのか決めておきます。
そこで、その人に合っていないシルエットについて、1つ指摘しておきます。
洋服の場合、横じわは、その人の体型に合っていないという証拠です。
シャツを着てみて、バストの上にくるボタンの位置から、脇に向かって横じわが出た場合、
そのシャツは、その人の体型に合っていません。
それは、バスト寸法が足りていないというしるしです。
サイズは、バスト寸法によって決定されています。
やせているか、太っているかではありません。
バストが大きい方は、やせていても、大きいサイズになります。
もし今現在、気に入っているシャツでもブラウスでもあったら、
その身幅の寸法をはかっておいて、大体どれぐらいが好きなのか把握しておくといいでしょう。
身幅をはかる位置は、脇の袖が縫い付けられている、一番身幅が大きくなっているラインです。
次に、襟の形、ポケットの有無など、背中のタックの有無など、デザインの細部について考えます。
襟の形は大き目がいいのか、小さめがいいのか、
角がとがっているタイプか、丸いタイプ か、ボタンダウンか。
ポケットは左右にあるタイプか、片方か、またはなしか。
背中にタックはあったほうがいいのか、ないのか。
また、最近は、裾の脇側にボタンがついていて、カシュクールのように着られるタイプのシャツもあります。
カシュクールとして着たいのか、それはいらないのかも考えます。
次に、色について考えます。
白シャツといっても、色には幅があります。
オフ白と呼ばれる、少し黄色が入った白から、いわゆるお父さんが着るワイシャツのような、青っぽい白まで。
よく、白シャツが似合わないとおっしゃっている方がいますが、それはたぶん、色の問題だと思います。
青い白が似合う場合と、クリーム色に近い白が似合う場合とがあります。
自分はどちらなのか、わからない場合は、色をあててみて、他人に見てもらいながら決めましょう。
そして、最後に素材です。
これは、洋服の知識があまりない人にとって、わかりづらいポイントではないかと思います。
白シャツとひとことで言っても、素材にかなりの幅があります。
コットン、コットンとリネン、コットンとポリエステル、シルク、レーヨン、リヨセルなど、まずは生地を構成する素材による違い、
そして、オックスフォード、綾織り、サテン、ボイルなど、おり方による違いです。
また、仕上がりが、ノー・アイロンのタイプや、逆に洗いをかけたラフなものなどにもわかれます。
いつも書いていることですが、
年齢が上がるほど、いい素材のものを身に付けたほうがよいです。
若い場合は、肌が若いので、どんなに安い素材でも、生き生き見えますが、
そうでなくなった場合、いい素材感が、皮膚のおとろえをカバーしてくれます。
いい素材とは何かというと、独特のつやや、ぬめりを持った素材です。
こればかりは、実際に見てみないことにはわかりません。
よくわからないという方は、買わなくてもよいので、高級シャツを扱うショップで、
そっとシャツにさわってみて、生地の輝き方を目で確かめてみてください。
普通のウールとカシミアとでは全く違うように、高級なコットンは、輝きやしなやかさが違います。
その違いは、必ずしも値段だけでは判断できないので、実物を見て覚えるしかありません。
または、有名な生地会社、たとえばイタリア製の生地仕様などという表記は、ある程度、参考になると思います。
これら全部をチェックするには、白シャツを試着する以外、方法はありません。
まず着てみてシルエット、
襟の大きさ、
袖の長さ、
肩幅、
袖幅、
身ごろの長さ、
第一ボタンをはずしたときの開き具合、
裾のカット、
バストから落ちる布の流れのチェック、
バック・スタイル、
素材の質感など、
すべてチェックする必要があります。
あくまでも、探すのは自分にとっての最強の白シャツです。
他人にとってではありません。
販売員さんの、「とってもお似合いですよ」などという声は、無視していいのです。
聞くべきなのは、自分の心の声だけです。
シャツを着てみて、湧き上がってくる感じが心地いいものなのかどうなのか、
何かひっかかる点はないか、
違和感はないか、
いたたまれない感じにはならないか、
ちょっとでも気になる点があったら、それは、自分にとっての最強ではありません。
自分が最強でいられるための、最強の白シャツを探すこと。
それは、そんなに簡単ではありません。
そして、何が最強なのかは、自分にしかわかりません。
流行も、他人の目も、値段も、ブランドも、すべて関係ありません。
一枚一枚、着てみて、
その都度、自分の心を確認して、
すべて大丈夫と思えるまで、あきらめないで、根気よく探してください。
きっとその白いシャツは、どこかで待っているはずです。
目を閉じて、
自分にとっての最強の白シャツを着ている自分の姿が見えたなら、
それは本当に存在しているということです。
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おしゃれのルール
2013年4月1日月曜日
コーディネイトにはポイントを
庭のデザインを考えるとき、フォーカル・ポイントと呼ばれる、庭全体の中でどこか1つ目立つように、ポイントを作るという考え方があります。
この考え方は、服をコーディネイトする上でも使えます。
持っている服の枚数が多ければ多いほど、シンプルなものが多くなるというよりも、
どこかデザインされたもの、ほかとは違うもの、というふうに、
目新しいものを追加していくという傾向があるようです。
もちろん、中には、同じ白シャツばかり何枚もという、
好きなものばかり枚数が多いという方もいらっしゃいますが、
どちらかというと、それは少数派で、
何かしらデザインされたものを多数持っているという方が多いです。
そうなると、それらを使って全体のコーディネイトを考えることになります。
しかし、たとえば、ジャケット、シャツ、パンツまたはスカート、どれもがデザインものだと、
それらを同時に着たら、デザイン過剰で、
お互いのデザイン同士がけんかして、それぞれいいところが生かせなくなります。
もっともごちゃごちゃしているのは多色使いで、デザインもののアイテムをどんどん足していくコーディネイトで、そうなればなるほど、子供っぽくなります。
色の過剰も子供っぽいですが、デザインの過剰もシックではありません。
そうならないために、コーディネイトを考えるとき、
そのアイテムの中でどれが主役なのかを考えて1つに絞ります。
こったツイードのノ―カラージャケットが主役なのか、
リバティプリントのフリルのついたブラウスが主役なのか、
ロマンチックなボリュームのロングスカートが主役なのか、
総レースのカーディガンが主役なのか、
まずそれを決めます。
そして、それが決まったら、ほかのものは脇役なわけですから、
脇に徹してもらいます。
主役を食ってはいけません。
つまり、目立たないよう、シンプルなものにするのです。
目立たないというのは、ほかの人の印象に残らないようなデザインのものという意味です。
何も主役は、服だけとは限りません。
スワロフスキーの豪華なネックレスの場合もありますし、
作家ものの帽子かもしれません。
靴、小物、バッグの可能性もあります。
もちろん、主役は2人の可能性もあります。
こったツィードのジャケットとおそろいのスカートでスーツなら、
ジャケットとスカートが主役です。
また、さし色としてそろえた、同じ色のベルトと靴があるなら、その2点が主役になるでしょう。
しかし、3人以上だったら、多すぎです。
このように、コーディネイト全体の中でポイントとなるものをしぼると、
全体がシックになります。
庭で考えてもらうとわかりやすいと思いますが、
いろいろな色の、たくさんの種類が狭い面積にたくさん植えてある庭は、にぎやかではありますが、
おしゃれには見えません。
色を削って、フォーカル・ポイントが決まっている庭のほうが、エレガントで、洗練された雰囲気になります。
これと同じことが、服の場合も起こるのです。
デザインものを上からどんどん盛るスタイリングは、逆に印象がぼやけて、
がちゃがちゃうるさい服を着ている人だった、ぐらいの感じになります。
それは別に、おしゃれな人ではないのです。
最後に究極にシックで洗練されたスタイリングをご紹介します。
それは、着ている服のどこにもポイントを置かない方法です。
すべてほとんどデザインされていない、
基本的なアイテムだけでコーディネイトを作ります。
白シャツにジーンズ、
Vネックのカシミアセーターにウールフラノのパンツ、
ミニマルなデザインのリトルブラックドレスだけ、など。
そういう服装の人と出会ったならば、
相手は何を着ていたか、ほとんど記憶していません。
そういえば、ジーンズだったような、
そういえば、黒いドレスだったような、
そんな程度です。
限りなく、服のイメージはあいまいになります。
そして、強烈に残るのは、その人自身の印象です。
その人の身のこなし、声、香り、笑顔、
それだけです。
何を着ていたか覚えてはいないけど、
その人自身は、確かにエレガントでおしゃれな人だった。
その記憶が、香りと一緒にずっと残っている。
その時間の、その人の存在だけが鮮明に思いだせる。
そんな人物は、究極のおしゃれな人でしょう。
できれば、私たちも、そんな境地を目指したいものです。
そのために必要なのは、おしゃれの知識だけではなく、
もっと幅広い教養と、寛容な心と、広い視野と、
磨かれた魂の、その痕跡です。
※注 靴、バッグ、ベルトをさし色として同じ色でそろえるのはありです。しかし、その場合も、3つとも派手な目立つデザインにするのはやめておきましょう。バッグだけとか、靴だけデザインものというふうにしたほうがよいです。
この考え方は、服をコーディネイトする上でも使えます。
持っている服の枚数が多ければ多いほど、シンプルなものが多くなるというよりも、
どこかデザインされたもの、ほかとは違うもの、というふうに、
目新しいものを追加していくという傾向があるようです。
もちろん、中には、同じ白シャツばかり何枚もという、
好きなものばかり枚数が多いという方もいらっしゃいますが、
どちらかというと、それは少数派で、
何かしらデザインされたものを多数持っているという方が多いです。
そうなると、それらを使って全体のコーディネイトを考えることになります。
しかし、たとえば、ジャケット、シャツ、パンツまたはスカート、どれもがデザインものだと、
それらを同時に着たら、デザイン過剰で、
お互いのデザイン同士がけんかして、それぞれいいところが生かせなくなります。
もっともごちゃごちゃしているのは多色使いで、デザインもののアイテムをどんどん足していくコーディネイトで、そうなればなるほど、子供っぽくなります。
色の過剰も子供っぽいですが、デザインの過剰もシックではありません。
そうならないために、コーディネイトを考えるとき、
そのアイテムの中でどれが主役なのかを考えて1つに絞ります。
こったツイードのノ―カラージャケットが主役なのか、
リバティプリントのフリルのついたブラウスが主役なのか、
ロマンチックなボリュームのロングスカートが主役なのか、
総レースのカーディガンが主役なのか、
まずそれを決めます。
そして、それが決まったら、ほかのものは脇役なわけですから、
脇に徹してもらいます。
主役を食ってはいけません。
つまり、目立たないよう、シンプルなものにするのです。
目立たないというのは、ほかの人の印象に残らないようなデザインのものという意味です。
何も主役は、服だけとは限りません。
スワロフスキーの豪華なネックレスの場合もありますし、
作家ものの帽子かもしれません。
靴、小物、バッグの可能性もあります。
もちろん、主役は2人の可能性もあります。
こったツィードのジャケットとおそろいのスカートでスーツなら、
ジャケットとスカートが主役です。
また、さし色としてそろえた、同じ色のベルトと靴があるなら、その2点が主役になるでしょう。
しかし、3人以上だったら、多すぎです。
このように、コーディネイト全体の中でポイントとなるものをしぼると、
全体がシックになります。
庭で考えてもらうとわかりやすいと思いますが、
いろいろな色の、たくさんの種類が狭い面積にたくさん植えてある庭は、にぎやかではありますが、
おしゃれには見えません。
色を削って、フォーカル・ポイントが決まっている庭のほうが、エレガントで、洗練された雰囲気になります。
これと同じことが、服の場合も起こるのです。
デザインものを上からどんどん盛るスタイリングは、逆に印象がぼやけて、
がちゃがちゃうるさい服を着ている人だった、ぐらいの感じになります。
それは別に、おしゃれな人ではないのです。
最後に究極にシックで洗練されたスタイリングをご紹介します。
それは、着ている服のどこにもポイントを置かない方法です。
すべてほとんどデザインされていない、
基本的なアイテムだけでコーディネイトを作ります。
白シャツにジーンズ、
Vネックのカシミアセーターにウールフラノのパンツ、
ミニマルなデザインのリトルブラックドレスだけ、など。
そういう服装の人と出会ったならば、
相手は何を着ていたか、ほとんど記憶していません。
そういえば、ジーンズだったような、
そういえば、黒いドレスだったような、
そんな程度です。
限りなく、服のイメージはあいまいになります。
そして、強烈に残るのは、その人自身の印象です。
その人の身のこなし、声、香り、笑顔、
それだけです。
何を着ていたか覚えてはいないけど、
その人自身は、確かにエレガントでおしゃれな人だった。
その記憶が、香りと一緒にずっと残っている。
その時間の、その人の存在だけが鮮明に思いだせる。
そんな人物は、究極のおしゃれな人でしょう。
できれば、私たちも、そんな境地を目指したいものです。
そのために必要なのは、おしゃれの知識だけではなく、
もっと幅広い教養と、寛容な心と、広い視野と、
磨かれた魂の、その痕跡です。
※注 靴、バッグ、ベルトをさし色として同じ色でそろえるのはありです。しかし、その場合も、3つとも派手な目立つデザインにするのはやめておきましょう。バッグだけとか、靴だけデザインものというふうにしたほうがよいです。
ラベル:
おしゃれチップス
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